ホテル情報

 グラマシーパーク・ホテルはファッションやアートのアイコンとして知られる伝説のホテルです。ホテル自体がニューヨークならではの芸術と流行、サブカルチャーのアート作品のようです。これまでの長い歴史を見ても常に俳優、映画監督、画家、作家、ファッションデザイナー、スーパーモデルといった各界のセレブに愛されてきました。歴史、雰囲気、世界観のどれを取っても他のホテルとは別枠にある唯一無二のホテルといってもよいでしょう。世界観で例えてみると、ホテルのデザインやインテリアの様式は1970年代のボヘミアン。音楽で例えるとデビッド・ボーイやスティングのテイスト。アートで例えるとバスキアやアンディー・ウォーホールの絵画。フォトグラファーだとロバート・メイプルソープやマン・レイといった妖異な雰囲気のあるホテルです。

 1925年、第一次大戦後の好景気に沸き立つニューヨークでグラマシーホテルはオープンしました。建物は荘厳 なルネッサンスのリバイバル様式でランドマーク(歴史的記念建造物)に指定されています。レジデンシャルホテルとしてオープンすると、セレブたちが挙ってこのホテルに居を構えます。1926年には映画カサブランカのハンフリー・ボガートが挙式をあげ、翌1927年には当時11歳のケネディー元大統領が家族と共に2階に住まれています。1930年代にはヤンキースのベーブ・ルースがバーの常連となりました。戦後はミュージシャンやアクターといったアーティストが好んで宿泊するようになります。1965年にはローリング・ストーンズが初のアメリカツアーの終了後に数週間滞在。1970年代以降も、ボブ・デュラン、ビートルズ、ボブ・マレー、デビッド・ボーイ、U2、マドンナ、アクセル・ローズといったレッドカーペットを賑わすロックスター達が、また、アンディー・ウォーホール、バスキア、キース・ヘリングといったポップアーティスト、オスカーノミニーのマーガレット・ハミルトン、マット・ディロンといった俳優達が自宅として、また常宿としてこのホテルに滞在してきました。

 2000年代になると、ニューヨークのアートシーンを長い間見守ってきたグラマシーホテルにも転機が訪れます。ブティックホテル(Boutique Hotel)のパイオニア、鬼才イアン・シュレーガー(Ian Schrager)がグラマシー・ホテルを買収したのです。イアン・シュレーガーは今日では大御所と言われるホテルのプロモーターで、数々のトレンドを生み出してきたホテリアーです。現在ではマリオットホテルグループの最上級ブランド、リッツ・カールトンのライフスタイルホテル版、エディションブランドや、ニューヨークの高級レジデンシャルアパートの数々をプロデュースしています。グラマシーパークホテルも、イアン・シュレーガーの存在無くして今日の異彩を放つことはなかったでしょう。

 イアン・シュレーガーの経歴はユニークです。1970年代後半、世界的にセンセーショナルなディスコブームの火付け役となった「Studio 54」を54丁目にオープン。入場規制が厳しく、ヴェルヴェット・コードと呼ばれる入場チェックでは、イアン・シュレーガー自身が入り口で入場者を選別することもありました。選ばれた者だけが入れる大人の隠れ家です。毎夜テーマの決まったパーティーが催され、瞬く間に音楽やファッション、アートの流行発信地となりました。サルバトーレ・ダリ(40年に渡り毎年冬はニューヨークのセントレジスに滞在。1965年にアンディー・ウォーホールとこのホテルの1610室で出会っています)といったアーティストから、デビッド・ボーイや、ロッド・スチュワート、ボーイ・ジョージ、スティング、ミック・ジャガーといったミュージシャン。イブ・サン・ローラン、ジャンニ・ヴェルサーチ、カルバン・クラインといったデザイナー等がこのディスコの常連たちです。各界で活躍する大御所ばかりでした。特に、ポップアーティストのアンディー・ウォーホールは常連の中でも毎夜パーティーに参加していました。彼はStudio 54のことを、「入るのはとても難しい、しかし中に入れれば皆がスターだ。つまり、ドアの外、ヴェルヴェット・コードは絶対主義だが、ドアの内側は民主主義である」と言っています。アンディーはStudio 54のパーティーの後、ヴェルサーチや、ボーイ・ジョージ、スティングらと一緒に、スーパーモデルでStudio 54のフロアーマネージャーだったフラン・ボイヤーの自宅(グラマシーパークの近く)にそのまま流れて毎夜朝までパーティーを繰りひろげていたそうです。

 さて、1980年代に入るとイアン・シュレーガーは斬新な建築で知られるポストモダン建築家、磯崎新によるデザインで巨大ディスコ、「パラディウム」を14丁目にオープンします。ここは、1965年、ローリング・ストーンズが始めてアメリカでライブを行った古い音楽ホールです(その際、ミック・ジャガーは、このグラマシーパークホテルに滞在しています)。このナイトクラブはアートをコンセプトにした初めてのディスコで、将来「グラマシーパークホテル」のインテリアを手がけることになるジュリアン・シュナーベルがインテリアをデザインしています。イアン・シュレーガーは建築やインテリアデザインがその場所に与えるインパクトの大きさをよく理解しており店内のインテリアには徹底的にこだわりました。当時、有名になりつつあった、ポップ・アートの騎手、バスキアやキース・ヘリングがダンスフロアーや壁に絵画や壁画を描き、巨大なモニターで前衛アーティスト等によるビデオクリップを流しました。老朽化した3千人を収容する古く巨大な箱がパラディウムという巨大ディスコに生まれ変わりました。朝まで入れ替わりで1万人以上もの入場者があり年中無休のパラディウムは年間60日試合のあるヤンキースをも動員数で上回ったのです。後日、1990年代に当時のパラディウムのオーナーとお酒を飲む機会があったのですが、前日のヴォッカの売上が13万ドルだと話していました。2017年、現在の貨幣価値だと20万か30万ドルになるのではないでしょうか。しかもそれが1日のヴォッカだけの売上です。

 伝説のディスコを手がけディスコ・ブームを作り出したイアン・シュレーガーですが、いづれブームが去ることを察知。パラディウムを売却し、ディスコのプロデュースで培った、「古い建物をスクラップ&ビルドして価値を生み出す」方法をホテルで試すことになります。コンセプトはセレブたちのための隠れ家。彼らにとってのホテルは泊まるだけの場ではなく、デザイン性や、エンターテインメント性、ソーシャライズ性を大切にした自分たちが遊べる場所でなければなりませんでした。ついに、1984年 マディソン街の築60年の古いホテルを購入してモーガンズ(Morgans)ホテルをオープンします。これが後にブティックホテルと呼ばれるホテルの第一号でした。ブティックホテルとはイアン・シュレーガーが定義したブティック・アンド・ライフスタイル・ホテル(Boutique and Lifestyle hotel)が語源となっています。古い建物を新しく作り変えて新しい価値とライフスタイルを提供するコンセプトホテル、またはデザイナーズホテルのことをそう呼びます。

 モーガンズの成功の後、ロイヤルトン – Royalton(1988)、パラマウント – Paramount(1990)、ハドソン – Hudson(1997)といったブティックホテルを次々に成功させます。これらのブティックホテルでも重要視したコンセプトはソーシャライジング(ソーシャライズ性)です。ロイヤルトンではロビーをパラディウムの神殿のようなエントランスと同じように演出し、パラマウントでは地下に会員制クラブを作り、ハドソンではロビーがディスコ化しパーティー会場に変わりました。ホテルのドアを開けた瞬間から、ロビーやバー、ラウンジ、クラブまでの導線を大人が楽しめるエンターテインメントの空間、ソーシャライジングの場所に変えたのです。イアン・シュレーガーはディスコからホテル業界へ転身し、ホテルビジネスを成功させただけではなく、そのビジネスモデルであるブティックホテルというコンセプトを世の中に広めるトレンドセッターとなりました。

 2000年代に入ると、モーガンズ・ホテル・グループは上場します。それと同時にイアン・シュレーガーは新しい個人事務所(IAN SCHRAGER COMPANY)を設立しました。そこで最初に着手したホテルが2006年に再オープンするこのグラマシーパーク・ホテルです。ニューヨークの一等地にあり、アーティストの聖地と呼ばれたこのグラマシーパーク・ホテル。このホテルのインテリア全てを改修することになったのです。これまで手がけてきたモーガンズ、ロイヤルトン、パラマウント、ハドソンは、シックでスタイリッシュ、モダンな雰囲気でしたが、新しいグラマシーパークホテルのコンセプトはこれまでのスタイルとは真逆のボヘミアン、70’s、そしてノスタルジック。デザイナーもこれまでの4つのホテルをデザインしたフィリップ・スタルクから、パラディウムの内装を手掛けたアーティスト、ジュリアン・シュナーベルにインテリアのデザインを一任します。彼は元々画家でしたが、友人のバスキアの伝記映画を制作した監督として有名です。アンディー・ウォーホールをデビッド・ボーイが演じ、デニス・ホッパーやあのイギリス女優クレア・フォーラーニ等、素晴らしいキャストが出演した芸術性の高い作品です。グラマシーパークホテルは彼らアーティストの過ごした1970年代の記念碑的なボヘミアン・ラプソディーとなりました。お部屋はジュリアン・シュナーベルの自室そのままのデザイン。部屋の隅々にいたる細かい小物までの全てが1970年代のボヘミアン調で、ノスタルジックで古くてアンティークなアート作品です。紫のベルベットの椅子やブランケット、真紅のベルベットのカーテン、ビスのクローゼット、ハンドメイドのファーニチャー、裸電球、アンティークタイルのバスタブ、赤い絨毯、ブロンズを散りばめたヴェルベットのヘッドボード、そしてポップ・アート、その全てが織り交ざって独特の雰囲気を作り出しました。

 パブリックスペースのデザインにもイアン・シュレーガーとジュリアン・シュナーベルが手がけた仕掛けがたくさんあります。フロントのドアを開けて中に入ると先ずは巨大でゴージャスなシャンデリアに驚かされます。ポップアートやポストモダン・アーティスト等の絵画が飾られたロビーにはアロマキャンドルの甘い香りが溢れています。左手にはグラマシー・タバーンのエグゼクティブ・シェフ、Nick Andererが手がけるローマンレストラン、マイアリノ(Maialino)が、右手にはジェイド・バー、さらにそのフレンチドアの奥に隠れ家ラウンジのローズ・バーがあります。ローズ・バーは21:00から22:00頃になるとフレンチドアを閉ざして入れなくなってしまいます(ホテル宿泊者はコンシェルジェ経由で事前に予約しておくと優先的に入れます。よく申し伝えておくことが大切です)。ロビーやローズバーでは様々な業界のガラやレセプション、アフターパーティーなどが頻繁に行われております。特にファッション業界が主催するパーティーは古くからこのホテルで行われるのが通例となっています。ニューヨーク・ファッション・ウィークのアフターパーティーもこのヴェニューで行われるのが恒例です。Studio 54 の常連だったカルバン・クラインやラルフ・ローレンといったデザイナーが、シンディー・クロフォードやナオミ・キャンベル、ケイト・モスといったスーパーモデルを伴って数々のパーティーを開催したのもここ、ローズバーです。クリントン元大統領主催のベネフィットパーティーの際にはローリング・ストーンズのアフターコンサートパーティーとバッティング。超豪華なStudio 54世代のセレブ達がこのボヘミアンのメッカに集まりました。この時は残念ながらパリス・ヒルトンをはじめ入場を断られたセレブもたくさんいたようです。

 グラマシーパーク・ホテルには他にもエクスクルーシブな場所があります。グラマシー・テラスは最上階にあるバルコニーとギャラリーです。ここはトロピカルな緑に覆われた会員制のラウンジです。ニューヨークの元祖ルーフトップ・バーでもあり、これもまた非常に珍しいアンディー・ウォーホールとバスキアの共作の絵画が3点、他にもアンディー・ウォーホールやダミアン・ハーストといったポストモダンの絵画が無造作に(そこかしこに)掛けられています。通常、一般客には開放されておらず宿泊者でも入れないお部屋ですが、どうしても見たい方はフロントオフィスにFadyというダイレクターがいますので、どうしても見たい旨を説明してみて下さい。さて、もう一つのエクスクルーシブな場所は、ニューヨーク唯一のプライベートパークであるグラマシーパーク。この公園には周辺に住む一部の限られた住人しか入れません。グラマシーパークホテルの宿泊者はコンシェルジェに頼めばこの公園の鍵を貸して貰えます。鍵を失くすと$1,000の罰金(鍵のコピーを作る権利を買い戻す料金だそうです)だということです。

個人的な意見

 グラマシーパークホテルは大人が遊べる隠れ家ホテルです。ホテルは宿泊している人が雰囲気を作ると言われるように、このホテルはアーティストやミュージシャン、ファッション業界のようなクリエイティブで流行に敏感な人たちが集まり独特の雰囲気を作り出しています。お部屋はホテルというよりもニューヨークの芸術家のアパートの一室です。インテリアも古いモノクロ写真のようなアーティスティックでアンティークなデザインです。アンディー・ウォーホールやバスキアが遊び回っていた頃のニューヨーク。ミック・ジャガーやデビッド・ボーイが化粧して歌っていた頃の、、、そんな時代のニューヨークが好きな方にとっては愛すべきホテルでしょう。しかしながらそのような世界観が合わない方もたくさんいるはずです。グラマシーパークホテルに関しては、普通のホテルとは比べることができない全く別枠のホテルですから、感覚的に合わないと思われる方はこのホテルは不向きです。機能的で新しい施設を好まれる方やシンプルなデザインを好まれる方、ビジネス目的で宿泊される方々はより近代的なホテルチェーンの方が向いているでしょう。

 立地についても、一般的に旅行者が宿泊するミッドタウンの中心からは少し離れた場所にあります。丁度ミッドタウンとダウンタウン間、グラマシーエリアです。歩いてミュージカルを見に行くこともできず、ソーホーのお洒落なブティックに行くにも遠い中途半端なエリアです。ミッドタウンに行くにもダウンタウンに行くにも地下鉄やタクシーとなります。逆に、このエリアは騒々しい場所から離れたほんの一角からなる閑静な住宅街で、マンハッタンの中でも超のつく一等地です。この大都市の中心にあってプレイベートの公園が目の前といった立地がこのホテルを際立てています。ハッスルするミッドタウンの喧騒を離れてホテルステイをゆっくりと楽しまれたい方にはぴったりのホテルです。

部屋数:190室(46室のスイートルーム)
スタイル:ボヘミアン、1970年代、ノスタルジック
雰囲気:20~50代 / アーティスト、ミュージシャン、モデル向き

 

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